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「さざれ石」を見たことがありますか?
「さざれ石」を見たことがありますか?
http://www.ohmynews.co.jp/news/20080409/23255?cd
オーマイニュースで取り上げられた「国歌を歌うことはいけないことですか?」は、Yahoo!パブリックニュースにも配信され、多くの読者のみなさんからコメントをいただいた。すべてのコメントに目を通したが、当分の間は、議論が続くテーマではないかと思う。
また、オーマイニュースでも「日の丸と君が代、なんでそうなっちゃうの?」で、朴哲鉉記者が「日本の複雑な事情にくわしい方たちのいろんな考えをぜひ読んでみたい」として、取り上げた。私たち日本人にとっても、国歌と国旗については、わけの分らないことが多いが、自分たちの国旗や国歌について確固たる考えを持っていないということは、逆に日本人として恥ずかしいことではないかとも思う。
ところで、みなさんは、国歌「君が代」で歌われている「さざれ石」を見たことがあるだろうか?
私は両親が鹿児島県出身と言うこともあり、小さいころ両親に連れられて、さざれ石を見に出かけたことを覚えている。
霧島神宮の大鳥居=4月8日、鹿児島県霧島市で(撮影:大谷憲史) そこで、4月8日、さざれ石を見に、鹿児島県霧島(きりしま)市の霧島神宮に出かけた。
霧島神宮は、欽明天皇の時代(6世紀ごろ)、慶胤(けいいん)という名の僧侶に命じて、高千穂峰(たかちほのみね)と火常峰(読み方不明;現在の「御鉢(おはち)」)の間に、社殿が造られたのが始まりとされている。
火山のふもとにあるということで、たびたび焼失し、天暦年間(947~57年)には、現在の高千穂河原(たかちほがわら)に遷され、さらに1484(文明16)年、島津家第11代当主の島津忠昌(ただまさ)の命により僧・兼慶(けんけい)が再建した。
しかし、その後も何度も炎上し、現在の社殿は、1715(正徳5)年、島津家第21代当主の島津吉貴(よしたか)の奉納により、再建したものである。
坂本龍馬・おりょうも新婚旅行でここを訪れたそうだ(撮影:大谷憲史) 宮崎県都城市から、国道223号で霧島神宮に向かった。霧島のやまあいの道を抜けると、私を大鳥居が迎えてくれた。車を止め、参道を歩いた。平日とあって、訪れる人は少なかった。
朱塗りの神橋(しんばし)を渡ると、階段の先に二の鳥居が見えた。20℃を超えるなか日差しを熱く感じたが、木々に囲まれた参道は気持ちが良かった。ほどなく歩くと、駐車場や売店が見えた。私のように大鳥居から歩くことなく、社務所まで来ることができる。
社務所近くのちょっとした広場には、坂本龍馬とおりょうが新婚旅行の途中に霧島神宮に立ち寄ったことを記す掲示板と等身大のパネル像があった。また、「招霊木(オガタマの木)」もあった。巫女が持つ神楽鈴(かぐらすず)の原型となる実をつける木ということである。御神木でも何でもないのだが、幹の上にはお賽銭らしきお金が置かれていた。
招霊(おがたま)の木、神楽鈴用に実がなるそうである(撮影:大谷憲史)
訪れる人が少ないせいか、やたらと静かでおごそかな気分が漂っていた。
社務所は、1930(昭和5)年7月に完成した純和風木造建築で、2006(平成18)年3月に国の登録有形文化財建造物に指定されている。
歴史を感じさせる社務所を過ぎて階段を上がると、三の鳥居がある。そのそばに、ひっそりと「さざれ石」が置かれていた。
さざれ石の学名は、「石灰質角礫岩(せっかいしつかくれきがん)」である。
石灰石が雨水に溶解して、その石灰分を含んだ水が時に粘着力の強い乳状体となり、地下で小石を集結して次第に大きくなる。小石がコンクリート状に集まっているという感じである。「ちりも積もれば山となる」ではないが、多くの小石が集まり、1つの大きな岩(巌;いわお)になった。その巌にコケが生えるまで永遠に平和なこの場所に留まってほしい。そういう思いで歌詞が生まれたのだろう。
霧島神宮のさざれ石は、国歌発祥の地とされている岐阜県揖斐川(いびがわ)町春日で発見されたもので、1987年(昭和62)年、岐阜県揖斐川(いびがわ)町の関係者によって奉納されている、
写真でもお分かりのように、ただの岩である。
霧島神宮という神聖な場所に置かれているということで、さきほどの招霊木と同じように、さざれ石の上にもお賽銭が置かれていた。さざれ石は御神体ではないのだが。
三の鳥居のそばに「さざれ石」が……(撮影:大谷憲史)
これが「さざれ石」です(撮影:大谷憲史)
私がカメラやビデオカメラで撮影していたので、参拝客が近寄ってきた。
「ほら、この石、あれよ、あれ」と言いながら、君が代のさざれ石の部分だけを歌い、友人に教える年配の方も見受けられた。
三の鳥居のそばに、「さざれ石」という案内板があるにも関わらず、この石をじっくりと眺める人は少ないのだろうか。
小石がたくさん集まっていることが分かります(撮影:大谷憲史)
コケは少し生えていました(撮影:大谷憲史)
三の鳥居をくぐると、朱色が鮮やかな本殿が現れた。
霧島神宮は、主に、天孫瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)を祀るお社だが、木花開耶姫尊(コノハナサクヤヒメ ノミコト)、彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)、豊玉姫尊(トヨタマヒメノミコト)、鵜萱草葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)、玉依姫尊(タマヨリヒメノミコト)も祀られている。また、御神木の杉は樹齢約800年と推定され、南九州の杉の祖先ともいわれている。
本殿近くにはシダレザクラが満開で、新神楽殿(しんかぐらでん)で結婚式が行われているらしく、新郎、新婦が、シダレザクラの前で写真撮影を行っていた。
白無垢の花嫁さんを見た参拝客からは、「きれいねえ」という声が聞かれた。
あいにくシャッターチャンスを逃してしまったが、良いものを見たなあという感じである。
以前オーマイニュースで、巨石信仰、巨木信仰に関する記事を書いたが、日本人は自然に対する畏怖の念を崇拝の対象としてみてきたということが分かる。長い月日にわたって起きる自然現象を見て、いつまでも変わらない平和の日々への思いをこのさざれ石に込めたのだろう。
国歌発祥の地とされる岐阜県揖斐川町春日のさざれ石を、実際に見てみたくなった。
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