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日本人女性が韓国ドラマにはまるワケ~新連載・ウガヤ式エンタメ読解術
日本人女性が韓国ドラマにはまるワケ~新連載・ウガヤ式エンタメ読解術
http://www.ohmynews.co.jp/news/20080415/23524
韓流ドラマはなぜ息が長い?──その1
烏賀陽 弘道(2008-04-16 09:20)
韓流(はんりゅう)ドラマは想像以上に寿命が長そうだ。「冬のソナタ」が初めてNHK—BSで放送されたのが2003年だから、もう5年もブームが続いていることになる。どこのレンタルDVD店に入っても、韓国ドラマや映画が大きな棚1つを占拠しているのはありふれた光景になった。04年ごろ、日本の芸能界では「ヨン様人気も、もってあと1年」と言われていたのがうそのようだ。90年代、香港の中国返還を前に起きた香港映画ブームは5年もたなかった。それを覚えている身としては、この違いは一体何だと考えずにはいられない。
エルメスのエールバッグがキーポイント
が、いくら考えても答えがわからないので「導師」の教えを仰ぐことにした。かつて私に「冬ソナ」のDVDボックスセットを貸してくれた40代の女性大学教員Fさんである。
「うむ、それはユジン(女主人公)が持ってるエルメスの鞄(かばん)だね」
は!? 先生、一体何の話ですか?
ヨン様人気も、もってあと1年など言われていたが……(ロイター)
「つまりね、ユジンはエルメスのバーキンじゃなくてエールバッグを使ってるのよ。エールバッグは一部革だけどそれ以外はほとんどナイロンだから、高いけどバーキンほどじゃないし、まあ手が届くの。だから自分にご褒美で奮発したのかなあなんて思うのね。あれ、ユジンがバーキン使ってたらリアリティーがないね」
うーん。先生。用語が難しすぎてチンプンカンプンです。先生ってブランドものにかなりマニアックな方じゃないんですか?
「ん? 私は詳しくはないが無知でもない、って平均レベルだと思ってるよ。女性ならこれくらい当然わかるはずだけど」
お互いにそんな風に観察されるって、女性って大変ですね。
「ブランドは修業が必要だね」
というわけで、ブランドものにまったく疎い私はインターネットで「にわか修業」をすることにした。なるほど。エルメスの「バーキン」は安い店でも80万円から135万円もする。が「エールバッグ」は21万4000円である。F師によれば、エールバッグは軽くてモノがばさっと入るから、女性が働く現場で使うにはとてもよくできているそうだ。なるほど、たしかにドラマの中ではユジンが工事現場に出掛ける場面がたくさんあった。
ユジンの鞄が語る「物語」について、F師はさらにこんな解説をしてくれた。
「冬ソナ」を見ると、まずユジンが持っている鞄に「あ! エルメスだ!」と目が行く。そこでまず親近感を抱く。ユジンはインテリアデザイナーだから、美的センスはいいはず。エルメスなら矛盾しない。
さらに収入レベルがわかる。21万4000円は鞄1つとしては高いけれど、ユジンは専門職だから普通のOLよりは高給なはずだ。買えない品ではない。が、逆に医師や弁護士のような飛び抜けた高給取りでもない。だからきっと奮発したのだろう。
ユジンは母子家庭で育ったという設定だから、実家はそんなに裕福でもない。恋人のサンヒョクはラジオ局のディレクターだから、こちらも特にお金持ちでもない。だから彼氏や親からのプレゼントでもなさそうだ。きっと努力してレベルの高い大学へ行って専門教育を受け、今の収入を得るようになったのだろう。だが、「バーキン」は普通の仕事で働いている女性には買えない。街でバーキンを持っている女性を見ると逆に「何で?」と思ってしまう。
「この自分の力で買っている、買い与えられたものではない、という点が重要なのね」とF師は強調した。つまりそういうモノを彼氏や旦那(だんな)が買い与えるのではなく、経済的に自立していて、自分で買えるということがオンナとしてあるべき姿に見える。そういうユジンが魅力的に見える。
異国のドラマなのに、自己投影できる
F師によれば「冬ソナのDVDは少なくとも3回は楽しめる」そうだ。1回目はストーリーを楽しみ、2回目は気に入ったシーンのセリフを楽しむ。そして3 回目はユジンはじめ、登場人物のファッションを観察して楽しむ。「冬ソナ」はそういう細かい小道具からのメッセージが明確に読み取れるのだそうだ。
私は感嘆せずにはいられなかった。ここで「エルメスの鞄」は、韓国と日本という文化や国の違いを超えてメッセージを運ぶ「共通言語」として機能しているわけだ。先日までオーマイニュースで執筆していた「音楽は時代を語るのだ」という連載で、所有者の内面や属性を他者に伝えるモノのことを「シンボリック・メディア」と呼ぶ、という話をした。まさに「冬ソナ」で「エルメスの鞄」はシンボリック・メディアとして、ソウルに住む専門職韓国人女性ユジンの内面や属性を日本人(特に同じ女性層)に伝えていることがわかる。
この「エルメスの鞄」が共通言語として機能するために、前提になっていることがいくつかある。まず「女性が専門職として働き、経済的に自立している」という経済発展国の都市部の風景が共通していること。つまり経済が似たような高度な段階まで成熟しているという「経済の平準化」である。
そして次に、そうした女性が「エルメスの鞄」を身に付けていること=「エルメス」という商品が共通していること。つまり「商品の平準化」である。これがノーブランドだったり、日本人が聞いたこともないブランドだったりしたら、日本人女性はここまでユジンに親近感を持たない=自己を投影することができない。
「冬ソナ」が韓国という異国のドラマなのに、日本人女性がそこに自己を投影できるのは、エルメスというフランスのブランド商品が国境を超えて世界で流通しているという「グローバル化した商品経済」があるからなのだ。
■関連リンク
烏賀陽弘道コラム「音楽は時代を語るのだ」
[うがや・ひろみち] 1963年京都生まれ。京都大学経済学部卒業後、朝日新聞社に入社。新聞記者を5年、ニュース週刊誌「アエラ」記者を10 年、編集者を2年経験し、2003年6月、同社を早期定年退職。この間、米コロンビア大学に自費留学し、92年、国際安全保障論(核戦略)で修士。著書に『朝日ともあろうものが……』(徳間書店)、『Jポップとは何か──巨大化する音楽産業』(岩波書店)、『Jポップの心象風景』など。『週刊金曜日』、『東洋経済』、『ヌメロ・ジャパン』(扶桑社)などで連載の一方、インターネットラジオ「Blue Radio.com」でパーソナリティーを務める。
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