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被災地からもどってきて⑤哀悼のきもちが中国を変える
被災地からもどってきて⑤哀悼のきもちが中国を変える
http://fukushimak.iza.ne.jp/blog/entry/613523
■日本の岩手・宮城地震を知ったのは、家のテレビでNHKの週刊ブックレビューをみていたときだった。速報があり、おお日本でも地震だ、これは大きいと、釘付けになった。しかし、本当にびっくりしたのは、本震のあとの地震警報で、NHKのアナウンサーが、「まもなく強い地震がきます。身の安全確保をしてください。時間がありません。身の安全確保をしてください」(うるおぼえ)と言い出したことだった。そして、本当にまもなく、大きな余震があった。しかし、じゅうぶん、机の下にかくれるくらいの時間はあった。
■この国にNHKを見ることのできる人はどのくらいいるかは知らないが、これをみた知人の中国人は「日本ってすごい!」と驚いていた。実際、翌日からの中国メディアは岩手・宮城地震の死傷者の少なさ、倒壊建物の少なさを感嘆し、日本を見習え!と、一時おさまりかけていた日本賛美が再燃しかけている(東シナ海ガス田開発合意でまた揺り戻すかもしれないが?)。新潟・中越地震のときは、ざまあみろ、天罰だ、とかインターネットの掲示板には悪態をつく人も結構いたが、自分たちが大地震の恐怖を知ったあとだと、やはり日本の地震防災技術に対して敬意をいだかずにはいられないのだ。中国はさっそくこの日本のシステムを導入することを決めたようだ。
■さて、今回の四川大地震関連で、中国人が社交辞令でなく本当に「日本ってすごい!」と思った点は、この地震速報のなど技術面のほか、日本救援チームがかいまみせたような「死者に対する敬意」がある。新華社がながした、日本の救援チームが震災の犠牲者の遺体に黙祷する写真には、中国の普通の人々は本当に感動したのだ(と私は感じている)。愛する人を失った悲しみは、国籍が違っても同じということである。このあたりを今回は考えてみよう。
■哀悼のきもち、それが「普遍的価値」
五輪では変われない中国を
大地震が変える可能性
■中国に「死者にむち打つ」という故事があるものだから、中国人は遺体の扱いがぞんざいで、死者に敬意を払わないのではないか、と思われているようだが、日本人と若干表現のしかたが違うだけで、実は死者に対する哀悼の念や、遺体を大切にする思いはなかなかつよい人々であると、私は思う。
■たとえば張楊監督の「落葉帰根」という映画は、比較的最近の事実をモデルにしている。これは東北の出稼ぎ農民が出稼ぎ先の深センで死亡して、同郷の同僚がその遺体を背負って故郷に連れて帰るというちょっと奇妙なロードムービーである。このように、被災者が遺体を背負う姿は今回の四川大地震でもしばしばみられた。私が直接目にしたわけではないが、家族の遺体を背負って避難する被災者の様子は写真や記事を通じて中国で報道されている。それは珍しいことではないのだ。
■農村にのこる「陰婚(昏婚)」(未婚男性が死んだ場合、あの世で結婚させるため、女性の遺体を買って一緒に埋める)という習慣は、女性蔑視であり、私は許せないが、見方をかえれば、死者への哀悼のひとつの形である。
■私が初めて被災地・都江堰入りしたのは地震発生日から7日目の18日。つまり初七日。午後8時ごろ、日の暮れるのが遅い四川で、ようよう空がスミレ色にかわりはじめるなか最初に目にした印象深い光景は、瓦礫のはたで、もくもくと紙銭を焼く人々の姿と、ゆらめく炎だった。ある男女が紙銭を焼いているところに近づいた。
↓18日夜、被災地・都江堰市の倒壊アパートの前で紙銭を焼く母子。夫がこの場で無くなった。
■私「誰が亡くなったのですか?私も哀悼をささげていいですか?」
女性「夫です。(この倒壊)マンションの3階にいました。私は外にいたのですが」
私「…」
女性「電気工だったんです。世界一いい人でした。夫としても、父親としても。そこにいるのは私たちの息子よ」
息子(34歳)「あんた、どこの人?」
私「北京からきました。日本の記者です」
息子「ああ、日本、救援隊がきたね。ありがとう。本当に関心をよせてくれて感謝しています」(すでに、日本の救援隊の黙祷写真は全国の新聞、テレビで報道済み)
このとき、紙銭がもえる炎を見詰めていた二人は、初めて顔をあげ私のほうをじっと見詰めて、少しだけ表情をゆるませた。
女性「初めて会った人なのに、主人のこと悼んでくれて本当にありがとう」
■見知らぬ人が、哀悼の意を示してくれる、実はそういう行為が、意外に遺族の琴線にふれるのではないか。そして身内や隣人が冷淡であったと感じるとき、そういう見知らぬ人からの哀悼が、なおさら身にしみるのだと思う。私は救援チームの哀悼写真への熱烈な賞賛の裏側には、軍の救援や遺体の扱いのあり方への不満もあったと思う。
■本来、身内の遺体にこだわり、哀悼の気持ちの強い国民性なのに、今回の地震で、救援に当たった解放軍の遺体の扱い方は、正直ぞんざいであった。年端もいかぬ少年のような兵士たちが、昼夜を徹して疲労困憊のなか、瓦礫からざくざく何万もの腐乱しかけた遺体を掘り出さねばならないのである。枕経や黙祷を捧げる余裕どころか、身元確認もろくにしないまま、穴に放り込んで、石灰、土、消毒薬、土とまるで汚物を埋めるように埋めていた。
↓震源地・汶川県映秀鎮のとうもろこし畑の真ん中に遺体が埋められた溝があった。何人埋められたのかは村人すらはっきり分かっていない。白くみえるのは、悪臭を防ぐ石灰。消毒薬のたちこめるなか、畑では喪服をきたようなモンシロチョウがやたらたくさん舞っていた。
■いや、いまだ1万7000人以上の遺体が瓦礫のしたに放置されていることを思えば、掘り出されて土に帰されたのはまだましというべきか。さらにいえば、学校の倒壊現場で犠牲になった多くは子供たちである。一人っ子政策で、原則一人しか子供をもてない親たちは、この一人の子供に一家のすべての未来と希望をたくして大事に育ててきたのだ。この心の傷をどうやっていやすか、その哀悼のあり方は、本来はもっと心をくだかれるべき問題だろう。しかし、中国という図体の重い独裁国家においては、国民個々人の心の傷に気を回す前に、防疫や社会の安定や、五輪の成功、神舟7号の打ち上げといった国威発揚を優先させねばならなかった。
■子供たちの遺体がまだ埋まっているという聚源中学(都江堰)の倒壊現場では5月27日、追悼集会が開かれた。我が子の写真をかかえて泣き崩れる親たち。双子の娘を失った母親が、「お骨は私の部屋においてある。まだ墓地も見つけられない。政府は墓地を見つけてくれるのか」と、その正式な弔いがいつになるか、非常にこだわっていた。
↓
■6月1日に開かれた新建小学校の追悼集会。悲しみの余り呼吸困難におちいり倒れる親が続出した。ある女性は昏倒しながらも「あなたには罪はないのに、罪はないのに」とうわごとのように言い続ける。↓
↑新建小学校(都江堰市)の追悼会(6月1日)。亡くなった子供の写真を抱える親の目には、脆弱な学校をつくった当局への怒が燃えている。しかし、親たちの言論は、今当局によって統制されている。
↓瓦礫の上に伏して失われた小さい命のために嘆く新建小学校の遺族。
■新建小学校の追悼式で、ある父親は何かに憑かれたような目つきでこういった。「賠償金がほしいとか、そういうのじゃないのだ。せめて、責任のある政府のトップは、おれの息子に謝ってくれ。でなければ、息子も心やすらかになれない。もし謝らないというのなら、オレはもう決めている。必ず政府のやつらに思い知らせてやる。それがたとえ違法行為になろうともかまわない」。別の母親は、携帯電話のカメラで写した我が子の遺体写真をみせながら、「袋にいれられて、まるで物みたいに扱われていたのよ」と涙をぼろぼろ落としていた。
■哀悼や弔いが、納得のいくように行えれば、残された人の傷はいくばくかいやされる。回復は多少はやくなる。復興・復旧とは、そういう心の回復もふくめて行われるべきものだろう。しかし、今回の大地震は静かに死者を弔う時間も余裕もなく、遺族の心も瓦礫の下に押しつぶされたままだ。その心を遺体と同じように放置しておいて、本当に街や暮らしが復興できるのだろうか。
■押しつぶされた心は、当局や社会に対する恨みや報復心に変わってゆき、社会の不安定化の原因となるだろう。この恨みの声をうまく昇華できれば、それは政治や社会制度の変革を促すプラス向きの動力となるだろうが、今懸念されていることは、当局が遺族の不満や抗議の声を報道・言論統制(最後には武力)で圧殺するという方法をとりかけているということだ。すでに、学校倒壊で死亡した子供たちの親たちは、統制と子供ひとり4万元の慰謝料という形で、その発言を封殺されかけている。これら遺族の不満を抑え込もうとして抑え込めない場合、予期せぬ抵抗のエネルギーが爆発するのではないか、と老婆心ながら、心配してさしあげる。
■いやいや、19日から3日間、中国全国民は喪に服したじゃないか。もう、喪は明けたのだ。あれで中国人は悲しみを昇華させたのだ。いまは復興と五輪に向かってレッツゴー!と、もし当局が思っているとしたら、それは脳天気すぎるといわざるをえない。
■19日午後2時28分から3分間、全国の人々が黙祷をささげる姿は確かに、外国人の私には衝撃であった。その瞬間、ビデオの一時停止ボタンをおしたように、すべての時がとまり、永遠に続くかのようなクラクションとサイレンの音の中、通りを歩く人、車を運転している人、スタンドで新聞を買ってお金を渡しかけている人、そういう誰もがピタリと立ち止まり、真剣に黙祷をささげ、涙を落とした。もし、この瞬間、ひったくりにあっても、誰も追いかけずに、黙祷を続けていたのではないか、と思うほどだった。
■あとで、中国人の知人から「日本人は阪神大震災のとき、あんな風に全国民が哀悼を捧げたのか?」ときかれたので、「日本人はそんなことはしない。日本人にそこまでの一体感は醸成できない」と正直に答えたら、なぜか満足したようすだった。しかし、である。哀悼とは、政府や党の指導のもと、一斉に行うべきものなのか。
■全国哀悼日の光景は、素直に感動的だったとは思うが、あの哀悼日にまだ、家族の生死が確認できず、生きていると信じたい人も大勢いた。あの日に家族が病院で亡くなって、心の整理がつかぬ人もいただろう。哀悼とは残された人の回復のために行うものだと考えれば、実は極めて個人差があり、デリケートなもので、政府の号令ではい、1,2,3、ブーとやって癒されるようなものではないのではないと思う。
■しかも、その哀悼日に文句を言う人に対しては、「ネット紅衛兵」と呼ばれる若いネチズンらが、嬉々として「人肉調査(家の電話番号などプライバシーをネットでさらす)」といったつるし上げを行った。ならば、本気の哀悼の気持ちがない人も、哀悼するふりをせざるをえない。そうすると、感動的な全国民一斉の哀悼も、大躍進や文化大革命同様、党の逆らえぬ指導のもとの統一行動にすぎない、ということになる。
■哀悼の形にはいろいろある。同じ倒壊学校の遺族らが集会して無くなった子供のことを語り合うことも、それを見知らぬ外国の記者に訴えることも、子供の死の責任を追及し明らかにすることも、重要な癒しであり、哀悼である。これを妨害するのは単なる言論の自由の問題ではなく、人道的問題であることを当局は知るべきだろう。
■五輪開幕まで50日に迫ったが、私個人には、国際的スポーツの祭典を迎えるハレの気分にはまだなれない。テレビ画面で見る限り、国内をめぐる聖火リレーは相変わらず「平和の祭典」という五輪精神を感じさせるものではなく、厳しい報道統制のもと中華民族の団結・融和とを前面にアピールし中国の虚栄心を満足させるだけの「中華民族大運動会」に見えてしまう。
■一方、四川ではいまだ厳しい震災の現場がそこにあり、今でも入れ替わり立ち替わり外国のボランティアや復旧の専門家、研究者が入っては、現地で支援、交流を行っている。震災救援のほうが、五輪よりよっぽど、平和や友愛、国際協調を体現している気がした。それは、愛する人を失う痛み、死者を悼む気持ちが、世界共通だからだろう。
■胡錦濤国家主席訪日のおりに、日中首脳が共同で発表した「戦略的互恵関係の包括的推進に関する日中共同声明」に盛り込まれた「国際社会がともに認める基本的かつ普遍的価値」というのは、一般に人道、人権と理解されているが、具体的にいえば、こういう哀悼のきもちなのだ、と改めて思う。
■北京のある日中関係筋によれば、「五輪が失敗すれば、国際協調を推し進めようという胡錦濤路線が失敗することとなり、中国で反国際主義的な愛国民族主義が反動で広がりかねない。そんな恐ろしい中国は見たくない」という。そういう意味では五輪の成功を心から願うのだが、今の五輪聖火リレーの盛り上げ方をみると、必ずしも国際協調路線にそったものだとは思えない。五輪が近づくにつれて報道統制、ネット統制は厳しくなり、民主活動家は捕まり、チベット騒乱にかかわった1000人以上がいまだ拘束されている。
■だから、五輪で中国が変わる、などというのはちょっと夢みすぎだった、と今は反省している。五輪は五輪で、このまま無難に開催すればいい。喪中だからちょっと控えめにね。だが、震災後のさまざまな動き、世論の変化をみると、震災こそ、中国と中国人は変わるきっかけになるかもしれない、と思いはじめている。
■中国は震災復興について、学校倒壊問題など言論統制する一方で、昔の毛沢東路線風に、救援の解放軍らを英雄にしたて、美談で大衆の感動をよびながら、、「自力更生」を呼びかる宣伝を行っているが、今のやり方ではうまく行かないと、わたしは思う。あまりに不条理に命を落とした人が多く、失われた財産や家屋の権利や補償のにしろ、義援金の分配や使用方法にしろ、複雑で処理の難しい問題が多すぎる。言論統制を行っても、インターネットなどによる綻びが日々拡大するなか、昔のように強権を発動できる大物指導者も見あたらない。私は、スローガンで一部国民に無理や犠牲をしいて乗り切るというやり方はそろそろ限界だろう、と思っている。
■復興は、「哀悼」という普遍的価値でまとまった国民が主動的に公民としての権利・私権を行使し義務と責任を負い、やはり人道という普遍的価値観で結ばれた国際社会の協力をあおいで、やっと可能になるのではないか。その過程で、中国がひた隠しにしてきた(でも隠れてはいないが)、政治と社会の構造のひずみや矛盾を、多少の激しい痛みを伴っても、修正してゆこうという力が生まれるのではないか。
■日本人は、そのときにきっと中国と中国人を心から応援すると思う。少なくとも私は、そういう中国と中国人のために力になりたいと思っている。
↑死者のために祈る姿は、世界中どこも同じ。聚源中学の倒壊現場で。
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