スポンサードリンク
小室哲哉逮捕と格差社会
小室哲哉逮捕と格差社会
http://news.livedoor.com/article/detail/3908754/
音楽プロデューサーの小室哲哉氏は2008年11月4日、音楽著作権の譲渡をめぐる5億円の詐欺容疑で、大阪地検特捜部に逮捕された。日本の音楽シーンに一時代を築いた大プロデューサーの転落は夢を抱きにくい日本の格差社会の閉塞感を象徴する出来事でもある。
マスメディアの報道では小室氏の浪費癖に焦点が当てられているが、困窮の原因は香港での事業の失敗により莫大な負債を抱えたことである。仮に浪費がなかったとしても、小室氏が金銭に窮することに変わらない。絶頂期の生活レベルを落とさなかったことを原因とする見方は、あまりに表層的である。
日本は格差社会に入ったと言われて久しい。資本主義を前提とする限り、貧富の差は存在する。逆に言えば貧富の差を否定したいならば資本主義そのものと戦わなければならない。しかし資本主義を肯定する立場からも格差社会は批判される。それは一度生じた格差を拡大し、固定化させてしまうためである。即ち、格差社会では金持ちは益々金持ちに、貧乏人は益々貧乏になる。しかも金持ちの子は金持ちに、貧乏人の子は貧乏のままと固定化する。
この意味で金持ちの家が金持ちであり続けることは格差社会の制度的恩恵に浴している。一方で財産を保ち続けることは傍から見るほど簡単ではない。財産を維持し続けることは、それを守る能力があることを意味する。財産があると、それを奪おうと襲いかかる人間達が決まって登場する。金持ちであり続けたいならば、どこからか財産の匂いを嗅ぎつけて近付いてくる連中を瞬時に見破る能力が求められる。
そして小室氏に決定的に欠けていたものは、この能力であった。金持ちであり続ける家の人間は意識的であれ、無意識的であれ、この能力を身につけている。だから金持ちであり続けられる。この能力を身につけられなかったことが一代で躍進した小室氏の限界であった。
スポンサードリンク



