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小室哲哉は「人を見る目」のある人間だった
小室哲哉は「人を見る目」のある人間だった
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20081106/1225942524
小室哲哉が逮捕されてしまったけれど、昔の彼は本当にすごかった。ぼくは彼のことを直接は知らないのだけれど、テレビ業界にいたからその噂は色々聞いていた。噂と言っても悪い噂というのではなく、良い噂の方だ。一頃の小室哲哉は、誰もが驚嘆するような、本当にすごい仕事をしていた。
これは「ダウンタウンのごっつええ感じ(以下『ごっつ』)」のスタッフの人から聞いたのだけれど、彼らにとって小室哲哉はまるで魔法使いのような存在だった。魔法使いのように次から次へと信じられない所業を成し遂げ、みんなをびっくりさせたのだ。
小室哲哉が「ごっつ」のスタッフをまず驚かせたのは、篠原涼子をプロデュースして空前の大ヒットを飛ばした時だった。
「ごっつ」のスタッフが驚いたのは、「あの」篠原涼子をプロデュースして200万枚を超えるセールスを記録したことだ。「あの」というのは、その頃の篠原涼子は(今の彼女からは想像もつかないが)、何者でもなかったのである。いや、「何者でもない」ならまだ良い。当時の篠原涼子は、それ以下だった。
篠原涼子はアイドル崩れだった。アイドルとしてデビューしたものの鳴かず飛ばずで、バラエティ番組の賑やかし役になんとか活路を見出そうとしている頃だった。つまり、売り出しに失敗したという経歴の持ち主だったのだ。そしてそれは、スタートラインとしてはまだ色のついてない、無名の新人以下だったのである。
そう、その頃の篠原涼子は色つきだったのである。いわゆる「イロモノ」だった。性格が明け透けで気取ったところがなかったから、言われたことはたいていこなした。水に落ちるのなんかは朝飯前で、鼻フックなども平気でやっていた。もうアイドルとしての守るべきイメージもなかったから、色々無茶なこともやることができた。「ごっつ」のスタッフは、篠原涼子をとても重宝していたけれど、それはなんでもやってくれるからというのが大きかった。当時の篠原涼子は、今で言えば吉本の若手芸人のような立場だった。とにかくなんでもやったのだ。
だから、「ごっつ」の関係者はまさか篠原涼子が歌手で売れるとは考えもしなかった。彼女は魅力的な女性だったけれど、それは芸人としてであって、歌手としてではなかった。
そして、芸人としての魅力と歌手としての魅力は180度異なるものだった。歌手は間違っても鼻フックなどしなかった。例外的に、坂本龍一が一度「ごっつ」のコントに出てヨゴレ役をやったことがあったけれど、それは坂本龍一というすでに確立された存在だからできたことであった。歌手の側にいる人間が芸人の側に降りてくることはできたが、その逆はあり得なかった。そこにははっきりとしたヒエラルキーの高低があった。そして、水は高いところから低いところにしか流れなかった。その逆はなかったのだ。ないはずだった。
しかしそのないはずのことが起こったのだった。篠原涼子は「ごっつ」でヨゴレ役を演じながら、歌手として歌を出した。しかしここまではなくもないことだった。売れないタレントが何かの弾みでCDを出すことはこれまでにも何度かあった。しかしそれが売れるということは、これまでなかった。しかもそれがその年度を代表するようなヒット曲になるなどというのは、想像すらできないことだった。
ところが、それが起こったのである。篠原涼子の歌ったその歌は、その年度を代表するような大ヒット曲となったのだった。
この時の「ごっつ」に関わっていた全てのスタッフの感想は、ただ一言、「あの涼子が……」というものであった。それは実際に目の前で見せられても、にわかには信じがたいできごとであった。だから感想といっても、本当に感嘆のため息しか出てこなかった。あるいはただ一言、「あの涼子が……」と言うのがやっとであった。
さて、そんな篠原涼子の奇跡としか言いようのない大ヒットからしばらく経って、事態はさらにユニークな方向へと転換する。
その頃、ダウンタウンが司会を務めていた「HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP」に出演した小室哲哉に、浜田雅功が冗談で自身のプロデュースを依頼したのである。その時の浜田の口説き文句の中にも、「あの涼子」という言葉があった。
「『あの涼子』をあれだけ売ったんだから、おれも売ってよ。小室さんならできるんじゃない?」
浜田は、確かそんな文脈で、小室哲哉にプロデュースを迫ったのだ。
ところがそれが、またしても誰も考えなかったような展開につながった。小室哲哉が、それを快諾したのである。
この頃の小室哲哉は、ヒットメーカーとしての揺るぎない地位を確立しつつある頃で、すでにいくつかのミリオンセールスを記録していた。当然スケジュールは隙がなく詰まっており、いくら飛ぶ鳥を落とす勢いのダウンタウンに頼まれたからといって、簡単に引き受けられるような状態ではなかったはずだ。
しかし小室哲哉は、どういう気まぐれかは分からないがこれを受けた。そうしてことは急ピッチに進み、それはやがて「H Jungle with t」というユニットのデビューとなって結実した。
するとこれが、またしてもその年度を代表するようなセールスを記録したのだ。
「ごっつ」のスタッフは、今度もやっぱり信じられないような思いでこれを見つめていた。その感想を求められても、篠原涼子の時と同じように、やっぱり「あの浜田さんが……」と言うくらいしかできなかった。
その頃の浜田雅功は、もちろんもうすでにタレントとして日本のトップに君臨する存在の一人ではあった。紛れもなくスターであり、大いなるカリスマだった。しかしそれは、あくまでも芸人としてであって、歌手としてではなかった。そうしてくり返しになるが、歌手としてのオーラやカリスマは、芸人としてのそれとは180度異なるものだった。
また「ごっつ」のスタッフは、浜田のことを芸人としては魅力的だと思っていても、歌手として魅力的だと思ったことは一度もなかった。と言うのは、その頃「ごっつ」には出演者がカラオケで歌うというコーナーがあったのだけれど、浜田の歌はおせじにも上手いとは言えなかったからだ。また、下手なら下手で味があれば良いのだが、そういうわけでもなかった。浜田の歌はどこまでいっても凡庸で、それが何かの商売になるなどということは、誰も想像すらできなかったのである。
ところが、その浜田の歌った歌が200万枚を超えるセールスを記録したのだ。だから「ごっつ」の関係者たちは、まるで魔法を見せられたかのように、そのことにただただ驚くしかなかったのだ。
その上「ごっつ」のスタッフたちは、さらなる驚きをその中に見出していた。浜田の歌ったその歌に、これまで一度も感じたことのなかった「浜田雅功の歌手としての魅力」を、感じ取っている自分がいることに気づいたのである。
つまり、その歌を歌った浜田雅功を「男前」だと思ってしまったのだ。そしてそれは、篠原涼子の時にも感じていたことだった。篠原涼子がヒットしていた時にも、彼女に対してこれまで感じたことがなかった「美しさ」を感じていた。
ヒットしていた頃の篠原涼子や浜田雅功には、「ごっつ」スタッフがこれまで見たこともなかった、以前とは違う魅力があった。これまで一度も見たことのなかった、歌手としてのオーラが出ていた。そうしてそれが、篠原涼子を美人にさせ、また浜田雅功を男前にさせていた。それはまるで魔法のようで、目の前で見せられても、にわかには信じがたいできごとであった。
おかげで「ごっつ」スタッフは、そうした魔法を実現させた小室哲哉に、感嘆せざるを得なかった。彼らも、テレビのスタッフとしてタレントの魅力を引き出すという意味では小室哲哉と同じ土俵で仕事をしていた。しかし小室哲哉は、ほんの短期間に、他の誰もがこれまでどれだけ長い時間をかけても引き出すことのできなかった篠原涼子や浜田雅功のそうした隠された魅力を、いとも簡単に引き出すことができた。しかもそれをCDとして発売し、空前の大ヒットを記録したのだ。
それは本当に魔法のような所業だった。だから「ごっつ」のスタッフは、同業者としての嫉妬をも乗り越え、ただただ感嘆し、敬服する以外なかった。小室哲哉の成し遂げたことは、本当に偉業という形容詞がぴったりだった。これまで誰も成し遂げなかったどころか、やろうとさえしなかったようなことを、小室哲哉はいとも簡単に、しかも連続でポンポンと成し遂げてしまったのだ。
その頃の「ごっつ」スタッフにとって――と言うより芸能界に関連していた全ての人々にとって、小室哲哉はまごうかたなきスターであった。ヒーローであり、カリスマだった。彼は、内田樹の言葉を借りるなら、誰よりも「人を見る目」があった。タレントの、『その人が「これからするかもしれない仕事」について』、誰よりも高い見識で見通すことができ、しかもそれをビジネスに結びつけることができたのである。
そんな小室哲哉が、先日逮捕された。それも著作権をめぐる詐欺という、彼の偉業の象徴ともいえるようなものを巡っての、あまりにセンセーショナルな容疑での逮捕であった。
だからぼくは、そのことについて深い感慨を抱かないわけにはいかなかった。かつてあれほどの能力を誇った人が――あれほどの「人を見る目」を誇った人が、なぜそういう状態にまで追い詰められたのか? そのことに、思いを馳せないわけにはいかなかったのである。
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